今までにないほと簡単に、精度高く遺伝子を変えるゲノム編集という技術がここ数年で生物の研究で広がっています。ただ、ヒトの受精卵の遺伝子を変えることの是非は世界中で続いています。中国ではこれまで3回、ヒトの受精卵にゲノム編集したという報告がありました。そして今回、アメリカから同様の実験報告がありました。

最大の問題は「モザイク」

これまでの報告のうち最初の2つは、精子が2個受精した異常な受精卵を使ったものでした。

噂は本当だった!ヒト受精卵の遺伝子を改変した研究成果が発表

ヒト受精卵へのゲノム編集2例目が報告される

3つ目は、遺伝性疾患のある男性の精子を受精させたもので行われました。

成長できるヒト受精卵にゲノム編集したと初の報告

ところがどの実験でも、修正できた細胞と、修正されないで異常遺伝子のままの細胞が混ざったものができる「モザイク」という現象が見られました(下は過去記事の図)。

そして、今回の論文です(『nature』では珍しく全文が無料で読めます)。

Hong Ma, et al. (2017) Correction of a pathogenic gene mutation in human embryos. nature  doi:10.1038/nature23305

今回の実験では、心臓の病気である「肥大型心筋症」の原因となる遺伝子MYBPC3の変異に注目しました。この遺伝子変異が原因の肥大型心筋症は優性遺伝であり、2つ1組の遺伝子のうち片方でも変異があると発症します。

難病情報センター | 肥大型心筋症(指定難病58)

正常な卵子に、肥大型心筋症の男性の精子を受精させました。ここで抑えておきたいポイントがあります。この男性は2つ1組のMYBPC3遺伝子のうち、片方は正常で片方が異常です。そのため、できる精子も、MYBPC3遺伝子が正常なもの、MYBPC3遺伝子が異常なものの2種類があります。

すると、受精卵も2種類できます。ひとつは、MYBPC3遺伝子が正常なもの。もうひとつは、2つ1組のMYBPC3遺伝子のうち片方は正常で片方は異常のもの。この2種類の受精卵が理論上、半分ずつできます。こうなってしまうのは、精子の段階でMYBPC3遺伝子を調べることはできないためです。

実際、予備実験として19個の受精卵を作ると、MYBPC3遺伝子が正常なものが10個、片方のMYBPC3遺伝子が異常なものが9個できました。

ゲノム編集できた細胞とできなかった細胞が混ざってしまう

まず、今までと同じように、54個の卵子に精子を受精させました。その後でゲノム編集に必要な物質を注入し、3日後に遺伝子を調べました。

すると、MYBPC3遺伝子が正常な受精卵は36個(67%)、MYBPC3遺伝子が変異した受精卵は5個(9%)、残りの13個(24%)はモザイクとなりました。

ここで、なぜモザイクが起きるのか考えると、受精した後ではゲノム編集するのに遅いことが考えられます。次の分裂のために遺伝子がコピーされると、2つも修復しなければいけません。もし、コピーの片方だけ修正され、もう片方は修正されないでいると、モザイクになります。

精子と同時注入で効率が上がった

そこで研究チームは、精子を受精させると同時にゲノム編集に必要な物質を注入すれば、遺伝子がコピーされる前に修正できるのではないかと考えました。

不妊治療では、精子を卵子の中に直接注入する「顕微授精」という方法があります。このとき、精子と一緒に、ゲノム編集に必要な物質を注入すればいいのではないか、という考えです。

この方法を58個の受精卵で実験した結果、MYBPC3遺伝子が正常な受精卵は42個(72%)になり、モザイクはゼロでした。残りの16個(28%)は、ゲノム編集でMYBPC3遺伝子を狙うまではうまくいったものの、間違って修復されていました(*)。

*間違った修復:ゲノム編集では、変異のある場所を切ってから、正しい塩基配列となるテンプレートの情報をもとに正しい配列にします。ところが、切ったはいいけれども、つなげるときに違う塩基が入ったり、塩基がなくなったりすることがあります(専門用語では挿入欠損、InDel)。これを、この記事では「間違った修復」としています。

また、ゲノム編集に必要な物質を注入した受精卵がうまく成長するのか調べるために、何もしていない受精卵10個と注入した受精卵22個を約7日間まで比較しましたが、どちらも7日目の生存率は50%と、大きな差はありませんでした。

ヒト受精卵のもうひとつの課題として、狙ったところ以外も変えてしまう「オフターゲット効果」があります。

オフターゲット効果はなかったと論文の要旨には書いてあり、ニュースも報じています。ただ論文を読むと、全ゲノムを調べたわけではなく、配列的に起こりそうなところだけに絞っており、その限りではオフターゲット効果はなかったとのことです。

ちなみに、今回の実験で作られた受精卵は全部で163個でした。

着床前診断を視野に入れた実験か?

ニュースでは「70%以上の確率で修復できた」という表現をよく見ましたが、MYBPC3遺伝子が変異しない受精卵はもともと50%の確率ででき、今回の方法でゲノム編集すると72%まで上がるので、「70%以上の確率で修復できた」というのは不正確です。

正確に表現するなら、「遺伝子変異のない受精卵を見つけようとすると、何もしないでいると50%だが、ゲノム編集すると72%まで上がる」になります。

「受精卵を見つけようとする」と書いたのは、どうも論文の著者らは、着床前診断を視野に入れているように感じたからです。

着床前診断とは、体外受精でできた受精卵で、細胞分裂が進んでから細胞1個だけを取り出して調べ、遺伝子や染色体の異常を調べる方法です。この方法で、異常がないものだけを選んで子宮に戻します。極端な例が男女の産み分けで、カリフォルニア州では「ファミリーバランスを保つため」であれば法律で認められています。

着床前診断では細胞分裂後の細胞1個しか調べられないので、他の全ての細胞と同じ遺伝情報をもっていることが前提条件になります。論文内でも「モザイクは臨床応用では受け入れられない」と書いてあり、最後は以下の文で結んでいます。

PGD may be a viable option for heterozygous couples at risk of producing affected offspring. In cases when only one parent carries a heterozygous mutation, 50% of embryos should be mutant. In contrast, targeted gene correction can potentially rescue a substan- tial portion of mutant human embryos, thus increasing the number of embryos available for transfer.

補足説明しながら要約するとこうなります。「着床前診断は、子孫に優先遺伝する遺伝子をもつカップルにとっては現実的なオプションである。親の片方が変異遺伝子を1つもっているなら、50%の受精卵が変異遺伝子をもつので、受精卵の半分は使用されない。しかし今回の方法なら、子宮に戻す受精卵の数を増やすことができる」

この考えだと、間違った修復も発見できるので、モザイクさえなければ問題が解消されることになります。

現状ではゲノム編集を使って臨床応用、つまり実際に子どもを生むことは容認されていませんが、永久的な禁止ではなく議論を継続するというのが2015年の国際会議の方針なので、今後どう議論されるのか注目されるところです。

「妊娠を前提としたヒトゲノム編集は禁止すべき」国際会議で声明発表

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