ゲノム編集と呼ばれる、精度の高い遺伝子改変技術が基礎研究を中心に広がっています。ただ、ヒトの受精卵や生殖細胞(精子、卵子)にゲノム編集する場合、子宮に戻して出産させることは「無責任」とする国際会議の結論が去年の12月に出されました。その中で、中国の研究チームがヒト受精卵にゲノム編集する実験を行い、その成果を学術誌に掲載しました。ヒト受精卵へのゲノム編集は、昨年4月に続いて2例目です。

Kang, X. et al. J. Assist. Reprod. Genet. http://dx.doi.org/10.1007/s10815-016-0710-8 (2016).より。「CRISPR/Casを介したゲノム編集を用いてヒト3PN胚に正確な遺伝子改変を導入する」

基礎研究を認める国際会議の声明

ヒト受精卵や生殖細胞への遺伝子改変は、次世代に受け継がれます。どのような影響があるのか不明なまま遺伝子改変することは、遺伝子改変されて生まれた人間に対して「無責任」とする声明を出したのが、昨年12月の国際会議でした。

「妊娠を前提としたヒトゲノム編集は禁止すべき」国際会議で声明発表

この声明のポイントは、基礎研究と前臨床研究に限っては、受精卵や生殖細胞へのゲノム編集は容認するところです。つまり、ゲノム編集した受精卵を子宮に戻さなければよい、ということです。

この国際会議が開かれたそもそもの発端は、その年の4月に、初めてヒト受精卵にゲノム編集したとする研究成果が中国の研究チームから発表されたためです。この発表を受けて、世界的な議論やルール作りを急ピッチで進める必要が出てきたのです。

噂は本当だった ヒト受精卵の遺伝子を改変した研究成果が発表

国際会議で一定の基準ができたものの、各国や各学会で具体的な指針を定めようとしている中で、またもや今回のような研究成果が発表されました。

HIV抵抗性を作る

今回の研究チームは前回とは違うチームですが、受精後5日後には死んでしまう受精卵(1個の卵子に2個の精子が受精してしまった3前核受精卵)を使ったのは同じです。受精卵の提供元は、体外受精クリニックです。

前回の実験は、貧血を引き起こす遺伝子疾患の原因となる遺伝子の編集が目的でした。

そして今回は、HIV(ヒト免疫不全ウイルス)抵抗性の遺伝子を受精卵に挿入するというものです。HIVは、免疫に関わるT細胞に感染します。このとき「CCR5」という遺伝子が作るタンパク質が、HIV感染に関係します。CCR5に変異があると、HIVはT細胞に感染できなくなります。このCCR5変異は「CCR5Δ32」と呼ばれています。

今回の実験は、通常のCCR5CCR5Δ32に置き換えることを目的としました。ゲノム編集を行って生存した受精卵26個のうち4個で、CCR5Δ32への書き換えができました。しかし、染色体の1組2本のうち片方しか書き換えできていなかったり、別の場所で変異が起きてしまったりしたものもありました。

研究チームは結論として「本研究は遺伝子疾患の治療法開発を示唆するものであり、同時に重大な技術的課題を明らにしたものである。ヒト生殖細胞へのゲノム編集は、国際的研究や倫理コミュニティによる十分な評価、議論が終わるまで禁止することを提唱する」と述べています。

なぜHIV抵抗性の遺伝子挿入だったのか

中国ではヒト受精卵や生殖細胞の改変を法的に禁止しておらず、今回の実験も手続き上は問題ありません。また、受精5日後には死亡する受精卵を使ったため、昨年の国際会議の声明に反するものでもありません。

しかしながら気になるのは、なぜHIV抵抗性の遺伝子挿入を目的としたか、です。感染症対策かもしれませんが、広い意味のエンハンスメント(強化)と見なしてもおかしくありません。エンハンスメントは肉体的・精神的な格差を作ります。一部の人たちだけに限定されて行われれば、やがて経済的な格差につながると危惧されています。

ゲノム編集に限らず、すべての技術は使う人次第です。何のために技術を使うのか、そのスタンスを明確にした上で研究に取り組んでいただきたいです。

ゲノム編集に関することはgenome editingタグにまとめてあります。ぜひご覧ください。

<参考記事>

Second Chinese team reports gene editing in human embryos – Nature News & Comment

Chinese Researchers Experiment with Making HIV-Proof Embryos – MIT Technology Review

 

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