2016年のノーベル生理学・医学賞は大隅良典博士(現・東京工業大学栄誉教授)に授与されることが発表されました。受賞理由は「for his discoveries of mechanisms for autophagy(オートファジーのメカニズムの発見に対して)」です。生理学・医学賞では2010年以来の単独受賞です。

お仕事でいただいた東京工業大学(東工大)生命理工学院のクリアファイル。サインはプリントです。

オートファジーで自分を食べる

オートファジー(autophagy)のオートは「自分」、ファジーは「食べる」という意味で、日本語では「自食作用」と呼ばれています。ノーベル委員会の発表では「self eating(自分を食べる)」と表現しました。

ノーベル委員会の最初のスライド(YouTubeの3分あたりより)。自分で自分を食べるようすと、古来より死と再生を象徴するドラゴン「ウロボロス」に例えたもの。

オートファジーは一言で述べるなら「細胞内の壊し屋」です。細胞はものを作るだけでなく、壊してリサイクルすることもまた重要なのです。「壊す」ときに関わるのがオートファジーです。

リサイクルは、食べ物がないときなど、いざというときにも役に立ちます。山などで遭難したとき、水さえあれば食べ物がなくても1週間は生きられると言われています。しかし、細胞内で必要なものは刻々と変化します。ものを作ろうにも材料となる食べ物がなければ、本来ならすぐに死んでしまうはずです。

そこで、すでに細胞内にあるものをオートファジーで細かく壊し、壊した部品から必要なものを新しく組み立て直すことで、食べ物がなくても必要なものを作り出します。

レゴブロックで作ったものを一度壊して、別のものを作るようなもの。

オートファジーは食べ物がないときに限らず、常に起きています。ヒトで1日に必要なタンパク質の合成量は200~300グラムと考えられていますが、実際にごはんで食べるタンパク質は約80グラム。残りの120~220グラムは、すでに細胞の中にあるタンパク質をオートファジーで分解して再利用しているのです。もしオートファジーがなかったら、今の2.5倍以上のタンパク質を食べなければいけないことになります。

細胞の中は常に壊れている

さて、もう少し細胞の中やタンパク質、オートファジーについて迫ります。

細胞の中にはDNA、それが入っている核、エネルギーを作るミトコンドリア、そして数え切れないほどのタンパク質があります。タンパク質は、生体内で消化酵素としてはたらくもの、新しくものを作るもの、筋肉を構成するものなど、いろいろな種類があります。

しかし、どんなものも作ったら終わりではなく、使っていくうちに不具合が生じます。そしていつかは処分しなければいけません。

かつて、タンパク質は壊れにくい(バラバラに分解されにくい)と考えられていましたが、タンパク質は細胞内でも壊れていることが1930年代に発見されました。ただ当時はほとんど注目されず、時は過ぎました。

1950年代になると、タンパク質を分解する酵素が細胞内の未知の膜の中に包まれていることが動物細胞で発見されました。膜で包まれた構造物は「リソソーム」と名付けられ、リソソームによって細胞内タンパク質が分解される現象は「オートファジー」と呼ばれました。オートファジーと命名されたのは1963年、命名者はChristian de Duve。彼は細胞内の構造物や機能の発見に貢献したとして1974年に他2名とノーベル生理学・医学賞を共同受賞しましたが、3年前に死去しました。

de Duve, C., and Wattiaux, R. (1966) Functions of lysosomes. Annu Rev Physiol 28, 435–492.

オートファジーでは、不要になったタンパク質が膜で包まれ、それがリソソームに運ばれるとリソソームと融合します。そしてリソソーム内にある分解酵素によってタンパク質が分解されます。

僕が編集協力した書籍『池上彰が聞いてわかった生命のしくみ 東工大で生命科学を学ぶ』でオートファジーをイラストで紹介するときのラフスケッチ。

ところが、不要なタンパク質が膜に包まれるとき、どんな分子が関わっているのか、どうやってリソソームに運ばれるのか、それが生命にとって何の意味があるのか、ほとんどわかっていませんでした。

酵母の発見がヒトにつながる

1990年代の初め、当時東京大学の助教授(今の准教授)だった大隅博士は、出芽酵母という生き物を使ってオートファジーを研究しました。分裂酵母のオートファジーは光学顕微鏡で観察できるくらいの大きさの現象なので扱いやすいという特徴があります。

まず、酵母でリソソームに相当する「液胞」で、オートファジーによって運ばれた膜を分解できずに貯まってしまう遺伝子変異体を見つけました。

ここでクリアファイルの登場。他の写真と重なっていますが、白い枠が酵母の細胞壁、赤の枠がリソソーム、黄色がオートファジーによって作られてリソソーム内に運ばれた膜。黄色の中には不要なものが入っていて、本来なら分解されるはずが、遺伝子変異によって膜が分解されずにリソソーム内に溜まってしまった状態。

続けて、オートファジーができない変異体を次々と発見。1993年にオートファジーに必須の遺伝子15種類を世界で初めて特定しました。

Tsukada, M., and Ohsumi, Y. (1993) Isolation and characterization of autophagy-defective mutants of Saccharomyces cerevisiae. FEBS Lett 333, 169–174.

オートファジーの面白いところは、細胞に核を持つ生物なら全てオートファジーをもっていることです。ヒト、動物、植物、分裂酵母までオートファジーがあるということは、それだけ生命にとって重要なシステムと言えます。当初、オートファジーはタンパク質を分解するしくみと考えられていましたが、現在では核やミトコンドリアなど、細胞内のいろんなものを分解するしくみとして使われていることがわかっています。

例えば、血液中で酸素を運ぶ赤血球にはミトコンドリアがありませんが、赤血球が作られるときにミトコンドリアを分解するのもオートファジーです。

「赤血球からミトコンドリアが除かれるメカニズムを解明」 ―新しいタイプのオートファジーが関与―(東京医科歯科大学プレスリリースPDF)

そして、ヒトの病気にも関係しているのではないかとする研究成果が次々と報告されています。ヒトの感覚神経障害の原因である遺伝子が、酵母ではオートファジーに関わることがわかっています。

Kurth I, Pamminger T, Hennings JC, Soehendra D, Huebner AK, Rotthier A, Baets J, Senderek J, Topaloglu H, Farrell SA, Nurnberg G, Nurnberg P, De Jonghe P, Gal A, Kaether C, Timmerman V, Hubner CA.: Mutations in FAM134B, encoding a newly identified Golgi protein, cause severe sensory and autonomic neuropathy. Nat Genet. 41, 1179-1181, 2009

細胞の基本的なシステムであり、それが生命の体作りに役立っていること、ヒトの病気の原因になりうるという数々の研究成果の第一歩となったのが、大隅博士の1993年の発見であるとしてノーベル生理学・医学賞の授与が決定したのです。

科学を文化のひとつとして認める社会に

大隅博士は酵母の研究者です(お仕事でお会いしたとき、「オートファジーの研究者」と紹介しようか相談したとき、そうおっしゃっていました)。酵母で生命現象を解明していくにつれて、たまたま医学にも貢献するかもしれないことになりそうだ、というのが現状です。

「役に立つかどうか」という視点はもちろん大切ですが、基礎研究においては「役に立つかどうかわからないけど取りあえずやってみよう」という考えも大切でしょう。いくつかの基礎研究の中で、応用できそうなものが一つでも出てくれば研究費を回収できる、くらいの心意気があってもよいのではないかと個人的には常々思います。

オートファジーは、そのしくみの全容が解明されたわけではありません。オートファジーは何をきっかけにして起きるのか(不要なものを包む膜は何をきっかけにして現れるのか)、いろいろなことがわかっておらず、多くの研究者が解明しようと日々研究しています。

基礎研究で終わるものがあるかもしれませんが、その中から社会や医療を変える成果が一つでも生まれることを気長に待ちつつ、細胞はうまくできたものだと純粋に関心していただければと思います。大隅博士は記者会見で次のように述べました。

「『役に立つ』は社会を駄目にする言葉。将来を見据えて、科学を文化のひとつとして認めてくれる社会になってほしい」

  • この記事についてもっと知るためのおすすめ図書