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2014年ノーベル生理学・医学賞 ~脳の場所細胞と格子細胞が作る内在GPS~

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今年もやります。ノーベル生理学・医学賞の紹介です。今回の受賞者はJohn O ́Keefe博士、May-Britt Moser博士、Edvard I. Moser博士の3人。受賞理由は「for their discoveries of cells that constitute a positioning system in the brain(脳において空間認知を構築する細胞群の発見)」です。positioning systemとは、プレスリリースいわく「内在GPS」とのことです。

どこにいてどこに行くのか

私たちがどこかに出かけるとき、どこからどの方向にどれくらい移動したか、場所や移動した距離などを無意識のうちに覚えています(覚えられない人もいますが)。しかし、場所や経路をどのように認知しているのかは、実は科学者だけでなく哲学者も含めて議論され続けてきました。ドイツの哲学者Immanuel Kantは、精神のいくつかの能力は「a priori(アプリオリ: 経験的認識に先立つ先天的なもの)」であるとして、空間認知も精神が本来備わっている能力と考えています。

20世紀中頃になると、ラットなどを用いた実験的なアプローチが可能になり、脳の中で地図が作られていくという仮説が提唱されました。この仮説のように、個々の頭の中で作られていく地図は「認知地図」と呼ばれています。

では、この認知地図は脳のどこでどのように作られていくのでしょうか。その解明のきっかけとなる発見をしたのが、今回受賞された3人です。

同じ場所にいると同じ神経細胞が活動する

John O’Keefe博士は、脳の「海馬」と呼ばれる場所に注目しました。海馬とは、記憶を司る場所と言われている脳の領域です。O’Keefe博士は、ラットが自由に走り回れる部屋で、海馬の神経細胞の活動を観察しました。すると、特定の位置にいたときだけ活動する神経細胞を発見しました[1]。その神経細胞はPlace cell(場所細胞)と名付けられました。

以降のイラストは全てノーベル賞公式サイトのプレスリリース(Advaced Information)より。左のオレンジの点のように、特定の位置にいるときだけ反応する場所細胞が、脳の海馬にあります。

このイラストでは一点だけ示していますが、他の位置にいるときには、別の場所細胞が活動します。つまり、海馬には多数の場所細胞があり、特定の位置と特定の場所細胞が対応している、ということです。O’Keefe博士は、海馬にある場所細胞が位置を記憶する、ということを発見しました。これが認知地図の、1枚目の地図です。

六角形を認識する

May-Britt Moser博士、Edvard I. Moser博士(お二人は夫婦!)は、位置と位置をつなげる座標を認識する細胞を発見しました。その細胞は、なんと六角形でつなげることができる位置にいるときに活動するというのです[2]。この細胞はGrid cell(格子細胞)と名付けられました。

先ほどは1個の場所細胞は特定の一点のみで活動しますが、1個の格子細胞が活動した位置は六角形で表現できます。このような活動パターンはこれまでに見つかっていません。Moser博士らは、格子細胞がナビゲーションや経路の認知を担っていると提唱しました。これが2枚目の認知地図です。

格子細胞は、脳の嗅内皮質という場所にあります。嗅内皮質は、場所細胞がある海馬の近くにあります。格子細胞と場所細胞は、ネットワークでつながっていることがわかっています[3]。格子細胞は、動物が向いている方向と部屋の壁との関係も認識しており、さらに場所細胞とネットワークでつながることで、脳内で「内在GPS」を構築していると考えられています。

場所細胞と格子細胞が作る、2枚の認知地図によって内在GPSが構築されているのです。

ヒトの内在GPSは?

以上の研究はラットにおけるものですが、ヒトではどうでしょうか。てんかん患者における神経細胞を調べた結果、場所細胞と格子細胞のようなもの(place-like cell, grid-like cell)があると報告されています[4,5]。また機能的MRI(fMRI: 未来館が予想したもの!)を使った実験では、ヒトの嗅内皮質に場所細胞があるだろうと示唆する報告もあります[6]。ヒトに限らず、少なくとも格子細胞の機能は、脊椎動物で広く使われている可能性があるようです。

さらに、アルツハイマー病の患者では、病気の初期段階で海馬や嗅内皮質で悪影響が現れることが多く、しばしば周囲の環境を認識できないという症状が現れます。脳の内在GPSを研究することは、こういった患者の空間記憶の認識障害に対する原因解明や防止策の手がかりになるのかもしれません。

手前味噌になりますが、僕は今月号のニュートンで海馬と扁桃体における記憶形成の記事を作成しました。脳研究は未だに未知の部分が多く、天文学で言えばガリレオ以前の時代とも言われています。今回受賞されたような画期的な研究がパラダイムシフトとなって、研究を大きく前進することが、これから次々と起きるのかもしれません。

 

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参考文献

[1] O’Keefe, J., and Dostrovsky, J. (1971). The hippocampus as a spatial map. Preliminary evidence from unit activity in the freely-moving rat. Brain research 34, 171-175.

[2] Hafting, T., Fyhn, M., Molden, S., Moser, M.B., and Moser, E.I. (2005). Microstructure of a spatial map in the entorhinal cortex. Nature 436, 801-806.

[3] Fyhn, M., Hafting, T., Treves, A., Moser, M.B., and Moser, E.I. (2007). Hippocampal remapping and grid realignment in entorhinal cortex. Nature 446, 190-194.

[4] Jacobs, J., Kahana, M.J., Ekstrom, A.D., Mollison, M.V., and Fried, I. (2010). A sense of direction in human entorhinal cortex. PNAS 107, 6487-6492.

[5] Jacobs, J., Weidemann, C.T., Miller, J.F., Solway, A., Burke, J.F., Wei, X.X., Suthana, N., Sperling, M.R., Sharan, A.D., Fried, I., and Kahana, M.J. (2013). Direct recordings of grid-like neuronal activity in human spatial navigation. Nature Neuroscience, 6, 1188-1190.

[6] Doeller, C.F., Barry, C., and Burgess, N. (2010). Evidence for grid cells in a human memory network. Nature 463, 657-661.