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2014年ノーベル化学賞 ~200nmの壁を超えた超解像蛍光顕微鏡~

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今年もやります。ノーベル化学賞の紹介です。今回の受賞者はEric Betzig博士、Stefan W. Hell博士、William E. Moerner博士の3人。受賞理由は「for the development of super-resolved fluorescence microscopy(超解像蛍光顕微鏡の開発)」です。

光学顕微鏡「200nmの壁」

理科の実験などで、一度は顕微鏡に触れたことがあるでしょう。

これは僕が大学のときに所属していた研究室の顕微鏡です。いろいろ散らかっていますがご容赦ください。この種類の顕微鏡は「光学顕微鏡」と呼ばれています。光学顕微鏡は17世紀から使われ始め、肉眼では見えない細胞などの世界を覗くことが可能になりました。

顕微鏡の性能は「分解能」で表します。分解能とは、ある2点が離れていることを区別できるか、ということです。視力検査で「C」の切れ目がわかるかどうか、というイメージで構いません。

光学顕微鏡は光の波長の性質上、分解能の理論的な限界が0.2μm(200nm)とされています[1]。光学顕微鏡がいくら進化しようと、200nm以下の2点は区別できないということです。200nmといえば、細胞内でエネルギーを作るミトコンドリアが見えるくらい。それより小さいウイルスや、体を構成するタンパク質などは、光学顕微鏡でも見えないのです。いわば、光学顕微鏡の「200nmの壁」です。

以下のイラストはNobelorize.orgのプレスリリース(Popular Information)より。細胞の理解が進むにつれ、より小さい世界を見ることが求められます。しかし「200nmの壁」のために、光学顕微鏡はその期待に応えることができません。

そこで登場したのが電子顕微鏡です。しかし電子顕微鏡は性質上、生きた細胞を観察することができません。例えるなら、光学顕微鏡は生魚を見ている一方で、電子顕微鏡は干物を見ているようなものです。

生きた細胞をより精細に見たい。それを可能にしたのが、超解像蛍光顕微鏡です。蛍光顕微鏡とは、対象物にレーザーを当てて、対象物から放出される別の光を観察する種類の顕微鏡です。通常の蛍光顕微鏡にも「200nmの壁」が存在するのですが、トリッキーなアイデアとコンピュータを使った画像処理によって、その壁を超えました。まさに「超」解像蛍光顕微鏡です。

ドーナツレーザーで抑えつける

Stefan W. Hell博士は、同時に2種類のレーザーを当てるという方法を考えました。中心付近には観察したいものを見るためのレーザー、そして周囲の余分な蛍光を消去するためのドーナツ状のレーザーを同士に照射します。後者のレーザーがいわばキャンセル作用を持つことで、中心がより鮮明になるという仕組みです。この方法を採用した超解像蛍光顕微鏡は、現在では誘導放射抑制(STED: Stimulated emission depletion)顕微鏡と呼ばれています。

この画像のみAdvanced Informationより。左は通常の蛍光顕微鏡(厳密には共焦点レーザー顕微鏡)の画像、右がSTED顕微鏡の画像です。STEDのほうがより小さな点を写しています。点が小さいということは、離れた2点を区別しやすい、つまり分解能が高いことを意味します。

こちらはSTED顕微鏡の実際の画像取得の手順。サンプルをなぞり、それぞれの位置の画像をコンピュータ処理して重ねます。このアイデアは1994年に発表され[2]、2000年に実現されました[3]。その結果、従来の蛍光顕微鏡の3倍の分解能を得ることができ、ついに「200nmの壁」を超えることに成功しました。現在では40nm程度の分解能をもっています。

オン・オフできる蛍光物質を操る

次は、別の仕組みの超解像蛍光顕微鏡です。その立役者となったのがWilliam E. Moerner博士です。彼はGFP(緑の蛍光を発するタンパク質。2008年にGFPを単離した下村博士がノーベル化学賞を受賞している)の改良型で興味深い特徴を見つけました。改良GFPでは、488nmと405nmの光を交互に当てることで、一分子レベルで蛍光のオン・オフの操作が可能であることを発見しました[4]。これが1997年の出来事です。

この改良GFPを使い、超解像蛍光顕微鏡を開発したのがEric Betzig博士です。ここでは、分解能が通常の200nmである蛍光顕微鏡を、蛍光物質はオン・オフができるものを使います。

非常に弱い光を照射して、200nm以上の間隔で蛍光物質を1分子を検出できるように調整します(1)。このときの画像は保存しておきます。そして、一旦蛍光をオフにし、また弱い光を照射すると、確率的に先ほどとは異なる集団の1分子を検出できます。また蛍光をオフにして光を照射して……これを、全分子を測定するまで繰り返します。1枚の画像では200nmの分解能が限界ですが、得られた画像を重ね合わせると(2)、全分子を検出した超解像画像となる(3)、という仕組みです。これは光活性化局在顕微鏡(PALM: Photoactivated localization microscopy)と呼ばれています。

この画像は、2006年に初めて報告されたときのもの[5]。細胞内にあるリソソームという構造物の膜にあるタンパク質CD63を見たものです。左が従来の顕微鏡、中央と右がPALMで観察したものです。拡大した右のスケールバーは、従来の壁である200nm(0.2μm)。PALMの分解能は30nm程度であり、こちらもまた「200nmの壁」を越えた超解像蛍光顕微鏡となりました。

マイクロスコープからナノスコープへ

STED顕微鏡もPALMも、実現できたのは2000年以降のこと。いずれもコンピュータ処理することが、かつての「200nmの壁」を超えるきっかけとなっています。

そしてSTED顕微鏡やPALMの登場により、これまで不可能であった200nm以下のものを、生きたまま観察できるようになりました。タンパク質がいつ、どこにいてどのような振る舞いをするのか、その挙動を明らかにする強力な道具が超解像蛍光顕微鏡です。超解像蛍光顕微鏡は生体内の現象の解明に大きく貢献しています。

顕微鏡は、英語ではmicroscopeと言います。microとはミリのさらに1,000分の1の単位であるマイクロ、scopeとは範囲という意味です。すなわち顕微鏡とは、マイクロレベルのものを見る装置です。しかし「200nmの壁」を越えた超解像蛍光顕微鏡は、より小さいものを見ることができます。microのさらに1,000分の1の単位にnanoがありますが、超解像蛍光顕微鏡はnanoscopeと呼べるのかもしれません。

Nobelorize.orgのPopular Informationのタイトルは、”How the optical microscope became a nanoscope(いかにして光学マイクロスコープはナノスコープになったか)”。3人は「200nmの壁」を超えたナノスコープの開発に貢献したとして、受賞対象となったのです。

 

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参考文献

[1] Abbe E (1873) Beitrage zur Theori des Mikroskops und der mikroskopischen Wahrnehmung. Archiv fur mikroskopische Anatomy. 9: 413-418.

[2] Hell SW and Wichman J (1994) Breaking the diffraction resolution limit by stimulated emission: stimulated-emission-depletion-microscopy. Opt. Lett. 19:780-782.

[3] Klar TA, Jakobs S, Dyba M, Egner A and Hell SW (2000) Fluorescence microscopy with diffraction resolution barrier broken by stimulated emission. Proc. Natl. Acad. Sci. USA. 97: 8206-8210.

[4] Dickson RM, Cubitt AB, Tsien RY and Moerner WE (1997) On/off blinking and switching behaviour of single molecules of green fluorescent protein. Nature 388:355-358.

[5] Betzig E, Patterson GH, Sougrat R, Lindwasser OW, Olenych S, Bonifacino JS, Davidson MW, Lippincott-Schwartz J, Hess HF (2006) Imaging intracellular fluorescent proteins at nanometer resolution. Science 313:1642-1645.