2014年ノーベル賞自然科学部門総括 ~受賞理由から考える3つの特徴~

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去年までもノーベル賞の解説記事は書いていましたが、実は3分野3日連続で書いたのは今年が初めてです。いろいろ調べながら書いていると、自分の視野が広がるような気持ちになります。ただ、とてつもなく体力を消耗するので、来年以降も続けるかはわかりません。

昨日でノーベル賞の前半戦、いわゆる自然科学3分野の発表が終わりました。そこで、今年も含めたここ数年の特徴を3つ挙げて考察しようと思います。

分野を超えている

特に化学賞で、この傾向が強く見られます。今年の超解像蛍光顕微鏡でいえば、光の波長という意味では物理の側面があるし、蛍光物質の一分子計測という意味では化学らしいし、生体内を見て病気を解明するという意味では生理学・医学と近いところがあります。そもそも装置の開発だから工学では、とも言えます。2年前のGタンパク質共役受容体は、ほぼ生理学・医学の分野です。

また今年の物理賞は青色LEDの開発ですが、下馬評では化学賞で受賞するのでは、と言われていました。半導体の結晶化というところでは化学らしいのですが、半導体における電子の振る舞いなどを考えると物理らしい、とも言えなくもありません。生理学・医学賞にしても、神経細胞の活性の可視化は物理、化学の発展なしにはありえませんでした。

このように、どの研究がどの分野に分類されるか、非常に曖昧になってきています。これは最近の科学の特徴でもあります。異分野融合などとも言われていますが、あえて明確な境界を設けないことで、より広い視野から物事をとらえようとする動きが増えています。予想屋にしてみれば、予想しにくくなったということでしょうが、それだけ横断的な研究が増えているということです。

2000年以降の成果も対象になっている

かつてノーベル賞といえば、数十年前に理論を提唱した人が、その後実証された後で受賞される、というパターンが多くありました。去年のヒッグス粒子は、正にそうでした。

ところが今回の受賞対象の半分くらいが、2000年以降の成果となっています。生理学・医学の格子細胞の発見は2005年、化学賞の超解像蛍光顕微鏡は2種類ありますが、実現できたのは2000年、2006年です。2年前のiPS細胞も、ヒトで作成が成功したのは2006年です。

これについてはいろいろな見方ができますが、ひとつには研究スピードが加速している、ということがあると思います。特にコンピュータを用いた解析処理のスピードが飛躍的に向上しており、複雑なデータを扱いやすくなったことが理由にあると言えます。

今までのノーベル賞の特徴である、数十年前に理論を提唱した人が受賞するということも続くと思いますが、ここ10年程度の研究成果が受賞することが多くなるのかもしれません。

現在の科学政策へのプレッシャー?

これは少し穿った見方になるのは承知の上ですが、特に生理学・医学賞で顕著に見られます。通常ノーベル賞は、今では当たり前となった知見に対して与えられることが多くあります。ところが2年前のiPS細胞については、広く研究されるようになってはいるものの、当時は臨床試験すら行われていませんでした。事前の噂では「iPS細胞は素晴らしい研究成果だが、受賞するにはまだ早い」と言われていました。

それでもiPS細胞はノーベル生理学・医学賞の対象となり(実際には、体細胞クローンも含めた「細胞のリプログラミング」が受賞理由)、今年の9月には初めて臨床試験が実施されました。ノーベル賞をとったからどうの、という直接的な因果関係はありませんが、関係部署(特に政治的なところ?)を意欲的にさせるくらいの効果はあったのかもしれません。

そして、今年の生理学・医学賞は脳です。脳の研究については、実はEUとアメリカで大規模プロジェクトが進行しています。

EUの脳解明プロジェクトはヒューマン・ブレイン・プロジェクト(Human Brain Project)。100以上の研究機関が参加し、2013年からの10年間で12億ユーロ(およそ1600億円)の予算がつぎ込まれます。

The Human Brain Project https://www.humanbrainproject.eu

アメリカの脳解明プロジェクトはブレイン・イニシアティブ(BRAIN Initiative)です。BRAINは「脳」であると同時に「Brain Research through Advancing Innovative Neurotechnologies」の頭文字をとったものです。オバマ大統領の肝入りのプロジェクトで、こちらは1年間で1億ドル(およそ110億円)の予算で進行しています。

Brain Research through Advancing Innovative Neurotechnologies (BRAIN) http://www.braininitiative.nih.gov/index.htm

ヒトゲノムが解明されたのが2003年。多くの研究室でゲノムを扱える環境になった今、次に世界規模で取り組むべきテーマが脳なのです。もちろんノーベル財団が裏で何か手を引いているわけではないのですが、間接的に応援しているのかな、くらいの想像力がはたらいてしまいます。

世界がどう変わったのか、どう変わるのか

いろいろ考察しましたが、ノーベル賞は「どのような研究が行われているか」を知る、いい機会のひとつになっていると思います。日本人が受賞するかどうかだけでなく、その研究成果によって世界がどう変わったのか、さらにどう変わるのかに注目すると、よりおもしろい出来事になります。